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2009年 04月 25日

渡辺煉瓦工場跡

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2008年06月29日・北海道紋別郡上湧別町字北兵村


煉瓦を焼く町は
煉瓦で財をなし
煉瓦で家を建てるのが
ステータスだった。


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                            Canon EOS KissDN + EF55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


明治の開国により海外の文化・技術が日本にも広まる。
煉瓦を使用した倉庫やサイロなど建造物が造られ出したのもこの頃から。
北海道では1872(明治5)年に創業を開始した道南の『茂辺地煉化石工場』が煉瓦産業の始まりで、
火災に強い耐火構造である煉瓦建築は、当時の北海道開拓使により支持されていた。
上湧別町では1918(大正7)年、町内が重粘土地帯であるこから藤島倉蔵が『中湧別煉瓦工場』を設立した。
1941(昭和16)年には、渡辺亀助が工場を買収し『渡辺煉瓦工場』とする。
1960(昭和35)年まで製造を続けるが、その後は『興農セラミックス』が製造を引き継いでいる。

残されている煉瓦煙突と倉庫は解体される予定があったが、
保存するために現在は個人が購入して所有管理している。

また煉瓦が基幹産業のひとつだった上湧別町では煉瓦建築はステータスであり、
このほかにも民家・倉庫・サイロなど煉瓦構造の建築物が多く存在している。


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by mori-to_coa | 2009-04-25 13:00 | 2008


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