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2009年 05月 05日

知床開拓地跡(幌別地区)

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2008年07月12-13日・北海道斜里郡斜里町大字遠音別村字岩尾別


多くの人たちが夢見た希望の地
その想いに振り返る

遠い記憶、今は森へ


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


自然の偶然よってつくられた山間部にあるなだらかな土地を農地とするため、
明治時代末、開拓が計画される。実際の入植は1914(大正3)年から始まり、
集団入植によって開拓者が増えるのはその4年後になってから。
戦後の1945(昭和20)年からは食料・就業対策のため農水省によりさらに開拓事業が計画され、
入植者は増加して行った。
計3度の集団入植があり1955(昭和30)には世帯数約60戸(詳しい記録はないが
人口200~300人前後ではないだろうか)までになっている。
入植は政府が推進したものであったが過度の開拓事業の見直し、
高度経済成長による都市部の労働者不足を補うため離農を助成したことや、
知床半島の国立公園化の流れがあり、1966(昭和41)年に集団離村に合意した
(実際には一部が引き続き耕作をしていたため、完全な離村は何年も後のことになる)。
その後、残された家屋等も風雨雪などによりほとんどが倒壊している。
唯一、屋根が落ちずに残っていた国道沿いの民家は2008年の秋から修復されて、
この地の開拓の歴史と自然との関りを伝えるため保存活用されることになった。
また開拓地跡は現在100㎡運動から始まったトラスト用地となっていて、
森林再生事業が行われ保全されている。

*見学・撮影などは道路脇から見えるものだけにしたい。
ヒグマが普通に生息している地域であるため、
緊急時への充分な判断・対処のできない状態で探索は非常に危険である。

 
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by mori-to_coa | 2009-05-05 23:45 | 2008


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