遠い記憶、忘れられた風景。

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2013年 01月 08日

閉ざされた記録 - Prologue + 01  JR根室本線・門静駅 旧駅舎

1995年、Uターンして故郷・根室に戻り、撮り始めたのは廃墟であった。
数冊の書籍と北海道の道路地図だけを頼りに、車で走り出した。

『産業遺産』という言葉も一般的でない頃、
それはまさに廃墟を巡る旅である。
夕張・三笠・赤平・芦別などの旧産炭地、
鉱山や軍事施設、港湾・通信、
それに旧国鉄の廃止された多くのローカル線跡など、
出逢うのは北海道、北の大地に刻まれた人々の記憶であった。

ただ残念ながら写真世界の急激なデジタル化の流れに迷いが出て
フィルムでの撮影をやめ、封印する。

以前、陽の目を当てるため、一部はこのブログでアップしたが、
同時進行で新たな撮影をデジタルで進めていて、
まとめてみるというひとつの試みは、
未完成のまま、幕を閉じてしまっていた。

全ての撮影に一区切りをつけた現在、
時間とともに変わる思考や想いが湧き、
決して多くないそれらフィルムの中から、
再びひとつの答えを見つけてみることにした。

その一連の作業の中で、ほぼ未公開な写真の封印を切る。


   ◇     ◇     ◇     ◇


まめに記録を取る人間ではないが、
幸運にも1996年からメモ程度の撮影の記録が残っていた。


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JR根室本線・門静駅 旧駅舎 / 1997年8月22日


近隣の根室・釧路管内などは日帰りで周っていた。
数日かける遠出は最短でも十勝ぐらいからで、基本的には一番遠い場所まで最初に行き、
撮影しながら戻って来るという感じの行程であった。

どちらにしてもこの頃は、ほとんど見たことがない、行ったことがない場所が多く、
また写真の全体の方向性なども固まっていなかったので、
気になったところには、それが何であっても立ち寄っていた。

JR根室本線・門静駅は無人化され
待合以外の駅舎機能のほとんどを失っていたが、
厳密には廃墟ではなかった。
だが、この時は想いもしていなかったが、
何と老朽の激しい駅舎は、後に建て替えられてしまった。

想うに、新築の完成が先ということもありえるが、
最短でも解体が始まる前日の最終列車以降が、廃墟だった時間といえるだろう。

気づいた時には、鄙びた木造駅舎は完全に姿を変えていたのである。


   ◇     ◇     ◇     ◇


1917(大正6)年、信号場として開業し、5年後に乗降できる駅となる。
当時は島式の2面ホームで列車交換ができ、構内には引込み線も存在していた。
国鉄時代末期の1986(昭和61)年に簡易委託となり、
JR北海道となった後の1992(平成4)年4月に完全無人化される。
先代の旧駅舎は1947(昭和22)年に出来た特徴的な屋根を持つ木造建築であったが、
残念ながら解体され2003(平成15)年6月に、ログハウス調の待合所が新築された。
ただし同様の造りである糸魚沢駅(根室方面2駅目)が同線に健在している。



 
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by mori-to_coa | 2013-01-08 00:00 | Return 1996-2003


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