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カテゴリ:2008( 75 )


2010年 02月 26日

番屋跡

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■ 2008年10月18日・北海道厚岸郡浜中町嶮暮帰(嶮暮帰島)


日々進化する文明
時代が変えたスタイル


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


漁業における動力がまだ人力が主体だった頃(おおむね昭和30年代まで)、
移動時間を短縮し作業効率を確保するため、沿岸の小さな島々が生産の場となった。
この嶮暮帰島(けんぼっきとう)も、コンブを乾燥させる干場として利用するため番屋が建てられ
人々が居住していた歴史がある。
またこの島は作家である畑正憲氏が一年間、ここで生活した記録を執筆していることでも有名。


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by mori-to_coa | 2010-02-26 23:45 | 2008
2010年 02月 19日

旧 日本陸軍施設

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■ 2008年09月22日・北海道広尾郡大樹町字芽武 ■


≪準備中≫


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                           Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


大樹町は太平洋戦争(第二次世界大戦)の末期、
本土防衛のためのトーチカが多数つくられた地域であり、
この遺構もそれら軍事施設のひとつである。
かなりの部分が既に失われているが、大きな施設であったことが推測される。

  
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by mori-to_coa | 2010-02-19 19:15 | 2008
2010年 02月 12日

炭鉱住宅街跡

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■ 2008年09月22日・北海道夕張市福住 ■


鬱蒼と草生した中に消えた
人々の生活の記憶


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                           Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


夕張市福住はその斜面を階段状に整地し、炭鉱住宅長屋建ち並ぶ地域だった。
現在ではそのほぼ100%が撤去されているが、
法面の擁壁が残存していて当時の様子をうかがうことができる。
草生した姿が過ぎ去った歳月を寂しく現していたが、市の財政破綻後に、
今後の夕張市の観光や街の美観を整えるために桜の苗木が多数植樹されている。


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by mori-to_coa | 2010-02-12 23:45 | 2008
2010年 02月 05日

旧 北炭専用送電鉄塔

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■ 2008年09月22日・北海道夕張市丁未 ■


聳える鉄塔
感じる違和感は
それが過去の産物で
あるからだろう


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                           Canon EOS KissDN + EF55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


夕張市には巨大な旧北炭清水沢発電所と短命ではあったが旧楓発電所などがあり、
周辺の自社各炭鉱への送電が行われていた。

この鉄塔は旧北炭万字炭鉱へと敷設されているが、
北炭の送電線等の設備の全貌が、どのようなもであったのかは不明。

 
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by mori-to_coa | 2010-02-05 23:45 | 2008
2010年 01月 29日

旧 万字炭山・石炭ポケット

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■ 2008年09月22日・北海道岩見沢市栗沢町万字錦町 ■


消えた炭鉱
消えゆく街
そして残される記憶


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


万字炭鉱で生産された石炭を鉄道貨車に積み込むための施設。
当時は、ここ万字から岩見沢まで国鉄万字線が延びており、街自体にも活気があった。
炭鉱の閉山は1976(昭和51)年、鉄路の廃止は1985(昭和60)年である。


 
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by mori-to_coa | 2010-01-29 23:45 | 2008
2010年 01月 22日

旧 英橋(二代目)

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■ 2008年09月22日・北海道岩見沢市栗沢町万字英町・寿町 ■


ふと見下ろす視線の先にあった栄華の記憶

それは訪れる人がほとんどいない街の
揺るぎない過去であった


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1937(昭和12)年に造られた英橋(二代目)は全長約80mの鉄筋コンクリート製の道路橋。
花をイメージした電燈が橋の両端に設置され、その洒落たデザインが当時の街の人たちの自慢であったが、
1969(昭和44)年に道道拡幅の時に、三代目・英橋が架けられ役目を終えた。
1921(大正10)年に建造の初代・英橋は現存していないが、
全長73mにも及んだ巨大つり橋であり、こちらも一見価値があったことは間違いなさそうだ。

 
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by mori-to_coa | 2010-01-22 20:30 | 2008
2010年 01月 15日

巴公団

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■ 2008年09月22日・北海道岩見沢市栗沢町万字巴町 ■


限りなく終焉に近い時を生きる


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


最盛期、北海道内には炭鉱員の住まいとなる専用住宅が炭鉱ごとに整備されていた。
それは日本のエネルギー政策変換後の相次ぐ閉山で解体撤去・閉鎖放置に至るが、
実際には市・町に移譲・移管され、公共住宅として元炭鉱員やその家族の住まいとなり、
改築・新築されている場合も多い。
現在でもその状況は変わらないが、時間とともに居住者が去り
空家そして閉鎖が増え出している。

  
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by mori-to_coa | 2010-01-15 21:00 | 2008
2010年 01月 08日

金谷改良住宅

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■ 2008年09月22日・北海道三笠市幌内金谷町 ■


見えた終焉と
生き続ける時間の混在


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                           Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


最盛期、北海道内には炭鉱員の住まいとなる専用住宅が炭鉱ごとに整備されていた。
それは日本のエネルギー政策変換後の相次ぐ閉山で解体撤去・閉鎖放置に至るが、
実際には市・町に移譲・移管され、公共住宅として元炭鉱員やその家族の住まいとなり、
改築・新築されている場合も多い。
現在でもその状況は変わらないが、時間とともに居住者が去り
空家そして閉鎖が増え出している。

 


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by mori-to_coa | 2010-01-08 17:45 | 2008
2009年 12月 30日

旧 国鉄幌内線

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2008年09月22日・北海道三笠市幌内本沢町


失われても鉄路はつなぐ
現在と過去の記憶を


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1882(明治15)年に官営幌内鉄道として敷設された北海道内で最も古い鉄道(手宮―札幌―幌内間)。
北炭幌内炭鉱をはじめとする沿線炭鉱からの石炭輸送が最大の目的であった。
その後、北海道炭礦鉄道に譲渡され、1906(明治39)年に鉄道国有法により国鉄幌内線となる。

炭鉱産業衰退は路線と沿線自治体には致命的で、
1980(昭和55)年の国鉄再建法により廃止の対象に。
実際の廃止は1987(昭和62)年。JR北海道発足の約3ヶ月後であった。

写真の橋梁は三笠駅から分岐し2.7㎞延びていた貨物支線(幌内住吉・幌内の2駅があった)のもの。

  
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by mori-to_coa | 2009-12-30 23:45 | 2008
2009年 12月 25日

旧 北炭幌内炭鉱

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2008年09月22日・北海道三笠市幌内本沢町


わずかに残る痕跡に
往年の姿を追った


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1879(明治12)年、北海道最初の炭鉱として開かれた。
3年後にはその石炭を輸送するために、これも道内初の鉄道・官営幌内鉄道で小樽港まで結ばれる。
良質な石炭を産出していたため同鉱の規模は大きく年産150万tにもおよんでいたが、
1989(平成元年)に時代の状況に対応することができず閉山となった。

その後、巨大な炭鉱施設のほとんどは解体されたが、まだ多くの遺構をみることが出来き、
またそれは広範囲点在している。
写真の施設については不明で、炭鉱周辺に展開していた他用途の構造物の可能性もある。

 
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by mori-to_coa | 2009-12-25 19:30 | 2008