遠い記憶、忘れられた風景。

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2007年 03月 21日

旧国鉄 ヨ3500形 車掌車(JR上幌延駅)

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2004年10月14日・北海道天塩郡幌延町字上幌延


すべての無駄をはぶき
合理化され尽くしたものは、
ときに『暖かさ』というもの失う。

でもこの味気なさが、
北の大地には似合っている。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1987(昭和62)年、国鉄が分割民営化されJRに移行するために、
北海道では多くの赤字ローカル線が廃止された(JRになってからも廃線は続く)。
また廃止の対象にはならなかった路線でも、駅の無人化や古びた駅舎の解体、置き換え等が行われた。
それによって登場したのが、貨物列車用の車掌車を用いて造られた代用駅舎(待合室)である。
ベースになった車輛はヨ3500で、この車輛の多くはのちに高速対応の改造を受け
ヨ5000(形式変更)となったが、北海道では未改造のヨ3500がそのまま車掌車全廃まで使われていた。

これらの駅は宗谷本線に数多く存在し、花咲線(根室本線/釧路―根室)・日高本線などでも見ることができる。

*写真は宗谷本線/上幌延駅
 
 
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by mori-to_coa | 2007-03-21 00:00 | 2004
2007年 03月 11日

稚内港北防波堤ドーム

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2004年10月14日・北海道稚内市開運


永延たる回廊は
過去と未来をつなぐ。

幾人もが歩き染めた記憶は
現在も引き継がれ、
想いは、今も刻まれている。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


防波堤を乗り越える波によって起きる船舶停泊の支障を防ぐために、
5年の歳月をかけて1936年(昭和11年)に完成した高さ13.2m、長さ424mにもおよぶ半ドーム型防波堤。
古代ローマ建築を想わせる太い円柱が特徴的な、世界でも類を見ない港湾施設である。
当時はドーム下が通路となり樺太(サハリン)への連絡船の乗船ブリッジまで続いていたが、
戦後は航路が途絶えて役目がなくなり、石炭などの資材置き場として利用された。
その後老朽化が進んで朽ちるところであったが街のシンボルとして、
1981(昭和56年)に要望による改修復元工事(期間約3年)を終えて、ほぼ建築当時の姿を再び現した。
今も堤防として利尻・礼文、そして再びサハリン航路の船舶を守ることに変わりはない。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-03-11 07:30 | 2004
2007年 03月 01日

旧日本海軍大岬望楼

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2004年10月14日・北海道稚内市宗谷村


遠く島影を望み、
流るる潮風に最果ての地を想う。

過ぎ去った時間は戻らない。

もう変わることのない国境の海は、
すべてを呑みこむかのような
灰色の世界を拡げていた。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1902(明治35)年にロシアとの国交悪化の備えとして、旧日本帝国海軍が建設したもの。
国境の海上監視に使用され、重要な任務のひとつに当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊の監視活動があった。
しかし1904(明治37)年に無線設備が整備されると、監視よりも無線通信所として機能した。
太平洋戦争では対潜水艦監視基地として使用された記録も残っている。
いずれにしても国境の海を守る重要な役割を果たした施設であった。

また稚内市には他に明治年代の建築物が現存せず、
1968(昭和43年)に市の有形文化財に指定されている。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-03-01 00:00 | 2004