遠い記憶、忘れられた風景。

moritocoa.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧


2007年 04月 21日

民家廃屋

e0074643_12374037.jpg


2005年08月29日・北海道厚岸郡浜中町幌戸


北の大地に抱いた夢は
辛く厳しい現実に翻弄され
冷たい時代を繰り返す。

古びた記憶は、
そんな歳月の標(しるし)。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


北海道開拓を一攫千金のチャンスと考えた人や入植当時の貧困などから
家は仮住まいともいえるよな木造+板葺きの簡素な造りであった。
やがて定住や生活が安定すると、風土にあった住宅が発達して来るが、
冬期間の積雪凍結環境から瓦屋根が適さずトタン葺きとなる。
この屋根は北海道の家の象徴といってよいだろう。
 
 
[PR]

by mori-to_coa | 2007-04-21 13:00 | 2005
2007年 04月 11日

旧 JR標津線・奥行臼駅

e0074643_2121148.jpg

e0074643_2138838.jpg


2005年07月25日・北海道野付郡別海町奥行


止まった記憶が
なつかしさを感じさせ、
ノスタルジックな空気が
その場所を支配する。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


標津線は標茶―中標津―根室標津(69.4㎞)・中標津―厚床(47.5㎞)と、
中標津町を中心にT字状に延びていた長大ローカル線であった。
その距離は116.9㎞にも及んでいたが運転本数は少なく、
とくにこの奥行臼駅のあった厚床支線(中標津―厚床間、便宜上そう呼ばれていた)は、
1日4往復の運転本数でしかなかった。
1987(昭和62)年4月のJR移行時の廃止は免れたが、
バス転換の準備が整うと1989(平成元)年4月29日に廃止となる。
[PR]

by mori-to_coa | 2007-04-11 21:00 | 2005
2007年 04月 01日

下川鉱山・架空導水管

e0074643_1844267.jpg


2004年10月14日・北海道上川郡下川町班渓


何処までも続く無機質な造形は、
深い谷の緑と調和することなく存在する
不協和音。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1933(昭和8)年頃に露頭が発見され鉱区整理が行われる。
1941(昭和16)年に三菱金属鉱山に事業が移され、その2年後から軍需鉱山として開発が促進された。
戦局が悪化すると休山を余儀なくされるたが、終戦後の1949(昭和24)年に操業を再開。
1963(昭和38)年の銅貿易自由化を、合理化で乗り越え国内有数の銅山となる。
最盛期には年産3万3000t、従業員も570人の規模となった。
     
しかし1982(昭和53)年に資源が枯渇し、
以前から経営を苦しめていた経費高騰・海外からの大量の原料輸入にも対抗できずに、
翌年の1983(昭和54)年に閉山となった。
     
また地下水等による坑内から重金属の流出を防ぐため
職員による管理は今でも続いている。
 
 
[PR]

by mori-to_coa | 2007-04-01 20:45 | 2004