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2007年 12月 31日

旧 大村商店米蔵

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2007年5月21日・北海道根室市本町


函館や小樽とともに明治時代に栄えていたのが、
私の住む根室市である。

他の2都市のように歴史ある建造物がほとんど残っていないのは、
終戦間際の空襲やその後、水産都市として昭和時代の後期まで、
街が潤っていたことによる建替えに起因している。
それに、何よりこの街の人は、新しいモノ好きだ。

そんなこともあって遺物はもう、
ひと気のない原野にしか存在しないように想われたが、
まだ通りの奥には、華やかな時代の記憶が見え隠れしている。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1921(大正10)年頃に建てられた煉瓦造倉庫。
ずっと石造と思われたいたが、2003(平成15)年の地震時に、
蔵全体に塗られていたモルタルの一部が剥落、煉瓦積と判明した。

 
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by mori-to_coa | 2007-12-31 00:00 | 2007
2007年 12月 21日

旧国鉄白糠線 (第十茶路川橋梁, 上茶路駅)

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2007年5月7日・北海道白糠郡白糠町


1983(昭和58)年10月23日、国鉄再建措置法により
日本で最初に白糠線が廃止となる。

その後、北海道の隅々まで毛細血管のように伸びていた鉄路は
つぎつぎと役目を終え、JRとして主要路線が継承される。

膨大な赤字を清算するため日本列島から多くの路線が消えて、
旅のかたちが激変したとき。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1964(昭和39)年、根室本線・白糠駅を起点として上茶路駅までが開業。
1972(昭和47)年には北進駅まで延伸し、路線距離を33.1㎞とする。
池北線(のちの『ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線』)の足寄駅までの76.2㎞を建設する予定があったが、
貨物輸送の基幹だった雄別炭鉱上茶路鉱の閉山や林業の衰退、モータリゼーションの波が計画を絶望的にする。
そして時代は国鉄分割民営化を迎え、膨大に膨らんだ赤字を清算し
その後の鉄道事業を継続していくために、多くの赤字ローカル線と同様に廃止された。

また地域発展のために白糠線全線完成を最後まで願った住民により、
『釧路二股』と命名されることになっていた駅が『北進(ほくしん)』へと変更された逸話が残っている。

 
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by mori-to_coa | 2007-12-21 00:00 | 2007
2007年 12月 11日

旧 明治鉱業・本岐炭鉱②

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2007年5月7日・北海道白糠郡白糠町中庶路


変わらないのは、
その存在が限りなく、忘れられているからなのか。

『管理責任』という4文字が、
産業が大地に刻んだ記憶を、列島から消し去っている。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1924(大正13)年に庶路本岐炭鉱(株)によって開鉱されたが、
1938(昭和13)年には明治鉱業の傘下となり庶路鉱業所本岐鉱となる。
選炭は庶路鉱まで7.0kmの専用軌道で運び行っていたが、
その後、1961(昭和36)年に独立した鉱業所となった。
現在の遺構の多くはそれ以降の施設と考えられるが、
ここ自体も1969(昭和44)年には閉山となっていて、
規模が大きい割には短い使用期間であった。
炭鉱はいつも国策と経済、そして景気に翻弄され来たが、本岐炭鉱も同じである。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-12-11 00:30 | 2007
2007年 12月 01日

旧 三菱石油・雄別給油所跡

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2007年5月7日・北海道釧路市阿寒町


北海道には、
炭鉱や鉱山が閉山になって
消えた町や集落は多い。

人口が1~3万人を数えていたところでも、
街の痕跡をほとんど残していないところが多い。
それは建造物のほとんどが木造だったからだ。
コンクリートの基礎はそのまま放置されることもあるようだが、
簡易なものであれば撤去するのは難しくない。

だだ、ガソリンスタンドだけは違うようで、
地下に安全保管する強固構造物があるために壊されず、
そのままの形で残されていることがよくある。

それはセルフ式スタンド台頭などにより
激しい価格競争で閉鎖される現在でも事情は同じで、
土地使用の目的が発生しない限り、
いつまでもその姿を留めているのだ。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
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by mori-to_coa | 2007-12-01 02:15 | 2007