遠い記憶、忘れられた風景。

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2008年 09月 30日

富士食品美唄バイオセンター・給水塔跡

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2007年10月07日・北海道美唄市


造形美に優れたオブジェは
廃墟のという定めの下で輝いていた。


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


食品関係の工場または研究施設跡の給水塔のようである。
なお操業停止時期等の詳細は不明。

 
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by mori-to_coa | 2008-09-30 18:00 | 2007
2008年 09月 23日

旧 三菱鉱業美唄鉄道・東明駅

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2007年10月07日・北海道美唄市東明五条


人と街、街と人をつなぐ長いレール
失ってはじめて感じる駅の存在感。


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5



   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


三菱美唄炭鉱開鉱から2年後の1915(大正4)年、
美唄―常盤台10.6㎞を石炭や炭鉱に暮らす人々を輸送するために敷かれた。
廃線は炭鉱閉山の1年前の1972(昭和47)年で、旧東明駅はこの鉄道で唯一残された駅施設。
赤い屋根に白と青緑グレーに塗られた壁の(オリジナルカラーについては不明)木造駅舎は当時のモダンな感じを、
窓ガラスが全て白のベニヤで塞がれている様は不思議な表情を見せてくれている。
また同じく保存されている蒸気機関車4110形2号機は、急勾配に合わせて特注された車輛。

 
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by mori-to_coa | 2008-09-23 13:00 | 2007
2008年 09月 16日

旧 三井美唄炭鉱・第2坑原炭ポケット

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2007年10月07日・北海道美唄市盤の沢本町


古代文明、それとも極秘施設
奇異ないでたちに、眼を奪われる


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


三井芦別炭鉱にも同様の逆円錐(じょうろ)型のものが存在し、三井型と呼ばれる原炭ポケットである。
炭鉱自体は1963(昭和38)年に閉山、またその地名から盤の沢坑ともいわれる。
現在、この遺構がある山林の前の敷地には美唄市の浄水場があり、
一見、関連施設のようにも見える。

 
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by mori-to_coa | 2008-09-16 01:00 | 2007
2008年 09月 09日

我路映劇・映写室跡

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2007年10月07日・北海道美唄市我路町一条


時代を終えた映画館

今は無きスクリーンに
この地の栄華の記憶を映し続ける


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


美唄市内で最後まで残っていた北菱産業我路炭鉱の閉山は1973(昭和48)年。
産業を失った我路地区の衰退は著しく、廃屋が目立つ街の姿はまるでゴーストタウンのようだった。
その後、整理され空地が目立つようになった街並の一角にあるのが、往年の繁栄を伝える我路映劇である。
木造の部分はすでに完全に消失しているが、
火災からフィルムも守るための鉄筋コンクリート構造になっていた映写室が現存している。

 
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by mori-to_coa | 2008-09-09 00:00 | 2007
2008年 09月 02日

旧 三菱美唄炭鉱

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2007年10月07日・北海道美唄市東美唄町一ノ沢


蒼く冴える空の下
深い緑に溶け込む


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1919(大正2)年に開かれた炭鉱で年産160万トンを誇り、
三菱大夕張炭鉱とともに北海道内の三菱の中核的な存在だった。閉山は1973(昭和38)年。
今は立坑櫓2基・原炭ポケット・開閉所が残され『炭鉱メモリアル森林公園』となっている。
また1955(昭和30)年頃、炭鉱施設の周辺には3万人以上が住んでいたが
現在は道道から各集落へと向う道や橋などが残るのみである。


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by mori-to_coa | 2008-09-02 00:00 | 2007