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2009年 04月 30日

旧南兵村三区・門柱

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2008年06月29日・北海道紋別郡上湧別町字屯田市街地


どれだけの人が気づくのか

そこには北海道開拓の
歴史が標されていた


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


おもに北海道の警備と開墾を目的として考えられた制度で、
1987(明治8)年、今の札幌市にあった琴似兵村への入地が最初である。
石狩地方から展開していき、その後内陸部や道東などに広がった。
屯田兵は、200余戸の中隊を一つの単位として兵村を形成。
家族を連れて入地、用意された兵屋(住宅)と、未開拓の土地が均等に割り当てられた。
ここで軍事教練と耕作のほかに、道路や水路などの開発工事、
街頭や特定建造物の警備、災害救援などに携わっていた。
また国内外の様々な作物を育てる試験農場の役目も持っていた。
所管は北海道開拓使で、その廃止後は陸軍省に移管されている。
1877(明治10)年の西南戦争や、日清戦争・日露戦争にも出兵。

ここ上湧別には1897(明治30)年に入地しているが、1903(明治36)年に解隊となっている。
門柱は対で残っていて、また当時の土地区画も現存し市街地形成の基礎となっている。

 
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by mori-to_coa | 2009-04-30 00:00 | 2008
2009年 04月 25日

渡辺煉瓦工場跡

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2008年06月29日・北海道紋別郡上湧別町字北兵村


煉瓦を焼く町は
煉瓦で財をなし
煉瓦で家を建てるのが
ステータスだった。


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                            Canon EOS KissDN + EF55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


明治の開国により海外の文化・技術が日本にも広まる。
煉瓦を使用した倉庫やサイロなど建造物が造られ出したのもこの頃から。
北海道では1872(明治5)年に創業を開始した道南の『茂辺地煉化石工場』が煉瓦産業の始まりで、
火災に強い耐火構造である煉瓦建築は、当時の北海道開拓使により支持されていた。
上湧別町では1918(大正7)年、町内が重粘土地帯であるこから藤島倉蔵が『中湧別煉瓦工場』を設立した。
1941(昭和16)年には、渡辺亀助が工場を買収し『渡辺煉瓦工場』とする。
1960(昭和35)年まで製造を続けるが、その後は『興農セラミックス』が製造を引き継いでいる。

残されている煉瓦煙突と倉庫は解体される予定があったが、
保存するために現在は個人が購入して所有管理している。

また煉瓦が基幹産業のひとつだった上湧別町では煉瓦建築はステータスであり、
このほかにも民家・倉庫・サイロなど煉瓦構造の建築物が多く存在している。


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by mori-to_coa | 2009-04-25 13:00 | 2008
2009年 04月 20日

旧国鉄湧網線・計呂地駅

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2008年06月29日・北海道紋別郡湧別町字計呂地


鉄路は失われても
残された想いがあった


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


国鉄分割民営化により多くの地方路線を失なった北海道。
その中でも名寄本線・湧網線・興浜北線・興浜南線・相生線など
複数の路線が短期間に消えた網走支庁管内の鉄道に寄せた想いは今も残っている。
卯原内交通公園・佐呂間町交通公園、この計呂地交通公園など、
駅周辺を市民などの憩いの場にしたケースが多く見られ、今もその記憶に触れることができる。

  
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by mori-to_coa | 2009-04-20 19:45 | 2008
2009年 04月 15日

旧国鉄湧網線・卯原内駅

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2008年06月29日・北海道網走市字卯原内


現れた光景は突然として
現在と過去をつなぎ

蘇る想い出は、
いつも美しい


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1987(昭和62)年3月19日に廃止となった湧網線は、中湧別―網走を89.8㎞の鉄路で結んでいた。
廃止間際の運転本数は1日5往復、北海道特有の赤字ローカル線の一つであった。
開業は1935(昭和10)年10月10日。

訪れた旧卯原内駅はバス待合室に改装されているが、
現在でもホームと国鉄蒸気機関車9600形と客車それぞれ1両が静態保存されている。
またこの付近の路線跡はサイクリング・ロードになっている。

季節になると卯原内駅付近に広がるアッケシソウ(サンゴソウ)の大群落は、
この路線の車窓の名勝であった。

  
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by mori-to_coa | 2009-04-15 11:15 | 2008
2009年 04月 10日

漁業倉庫・厩舎跡

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2008年06月29日・北海道網走市字美岬


迫りつつある海の様相に
流れた歳月を感じた

ここでの営みが
失われて久しい


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


定置網等の漁業関係の倉庫・作業場、その際に使われた役馬の厩舎と考えられるが、
詳細は不明。

また残されている建物は荒廃が進み、海岸侵食がすぐそこまで迫っている。

 
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by mori-to_coa | 2009-04-10 10:15 | 2008
2009年 04月 05日

オホーツク水族館跡 ②

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2008年06月29日・北海道網走市二ツ岩


すでに想い出を
たどることは出来ない

わずかに残された波模様に
潮風の匂いを感じる


                          ●Canon EOS KissDN + EF 55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


オホーツク水族館は全国で10番目の水族館として1956(昭和31)年に開館する。
地元、網走市に面するオホーツク海に生息する魚類、海獣(哺乳類)など約150種・10000点展示し、
市民・観光客を楽しませた。
その中でも北の海にしか生息しないオオカミウオやクリオネの飼育展示が有名であった。
近年、全国的な大型回遊水槽を持つ大規模な水族館の登場によって、
規模の小さな水族館からは客足が遠のきつつあり、
ここも2002(平成14)年8月31日を持って閉館する。
施設のほとんどは既に解体された。

 
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by mori-to_coa | 2009-04-05 12:45 | 2008