遠い記憶、忘れられた風景。

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2013年 02月 26日

閉ざされた記録 - 07  駅前旅館

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駅前旅館 / 1997年8月22日


JR根室本線の門静駅(閉ざされた記憶01)に立ち寄った後、
同じ厚岸町内にあるに太田地区(屯田兵村)を見て、
再び同本線の上尾幌駅に行っている。
これ以前、列車に乗った時に車窓の風景として、
チラリとこの集落を見たことはあったのだが、正直いって驚きだった。

今は空家・廃屋などが大分整理されたが、
この1997年当時の姿は、時間の止まった町、
過去の町のようだったからである。

新しい産業が生まれず、一気に勢いをなくした様相は、
駅前に残る古い木造洋風の旅館が物語っていて、
その他にも一様に古い家屋が目立つ。

最初は林業だけかと想っていたが、後に炭鉱があったことも知る。
やはり『黒いダイヤ』と呼ばれた石炭が生み出す富の力は凄い。
そして夢が去った後の絶望感も、ただならぬものがあるのだった。


   ◇     ◇     ◇     ◇


厚岸町上尾幌地区には小さいながらも4鉱の炭鉱が操業し、飲食店や商店などが約20軒、
尾高・樋口・杉山と3軒の旅館が存在していた。1940(昭和15)年頃の地区人口は3800人を数える。
また八千代炭礦へのトロッコ軌道や、大東炭鉱、釧路炭礦青葉礦業所それぞれに馬車軌道が
上尾幌駅まで敷かれていた。上尾幌森林軌道も1950(昭和25)年まで存在していた。
この旅館は屋号から尾高旅館と想われたが、解体されて実在していない。



 
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by mori-to_coa | 2013-02-26 00:00 | Return 1996-2003
2013年 02月 19日

閉ざされた記録 - 06  記念公園ハヨピラ

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記念公園ハヨピラ / 1999年5月1日


「ここです!」というよな分かりやすい目印などなく、
通り過ぎた車をUターンさせた。

記憶がすごく曖昧になっているが、
辛うじて残る鉄製の柵?門のようなものを通り、
草生した小道を行くと、見上げた斜面にそれは存在していた。

当時は宗教的な施設の廃墟など撮ろうとも想っていなかったが、
取りあえずここまで来たことと、ガキの頃観たテレビの記憶、
そして、それを想い出させた写真家 高梨豊 氏の写真(確か、まだカメラ誌に
連載中であった『地名論』)の印象に惹かれシャッターを切ったのだった。

UFOを信仰するカルト教団が建てた所謂、神殿のようなもの。

鮮明に覚えているのはこの施設を写したことと、『マムシに注意』という立て看板だけで、
後は想い出そうとする私の意識が創り出した話かも知れない。

これもまた虚像であるようだ。


   ◇     ◇     ◇     ◇


1957(昭和32)年に設立されたUFO研究団体『UFO教団CBA(コズミック・
ブラザーフット・アソシエイション:宇宙友好協会)』によって、
1967(昭和42)年にUFOとコンタクトするための基地、『記念公園ハヨピラ』として建設された。
その後、教団の解散とともに平取町に無償譲渡され一時、『ハヨピラ自然公園』として自然公園化。
しかし、会員自らが建設したためか階段が崩落するなど破損・損壊が著しく、
2007(平成19)年頃から、完全に立入禁止になってる。



 
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by mori-to_coa | 2013-02-19 00:00 | Return 1996-2003
2013年 02月 12日

閉ざされた記録 - 05  旧日本陸軍 根室飛行場・掩体壕

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旧日本陸軍 根室飛行場・掩体壕 / 1996年11月7日


根室市は千島列島への玄関口(中継地)として重要な拠点となり、
明治の開拓当初から発展し、北海道の中でも歴史があった。

残念ながら終戦間際の空襲で、古い街並みのほとんどを失ったが、
煉瓦サイロや倉庫、時代を築いた無線電信局など、
街の栄華を伝える証しが点在し残っている。

それととともに忘れてならないのは戦争遺産だ。
想定した北方からのアメリカ軍の本土侵攻に備えて、
急造された滑走路や掩体壕、トーチカなど、
いまだに形を留めるものも多く、一部、書籍などでも紹介されている。

戦後、多くの施設は土地ごと民間に払い下げられ、
写真の掩体(えんたい)壕は、牧場の倉庫・車庫などとして使われいたようだが、
私が訪れた時、家主が既にいなくなっていた。

『戦争』という名の下の遺産の脇に立つ、寂しい生活の記憶。
繰り返された終焉が見えていた瞬間である。


   ◇     ◇     ◇     ◇


太平洋戦争(第二次世界大戦)末期の1944(昭和19)年から翌年にかけ、
根室半島にはアメリカ軍の上陸に備えて、本土防衛のための施設が建造された。
それは敵を向かい討つための陣地であるトーチカが多いが、飛行場や電探所(地下施設)も整備されていた。
掩体(えんたい)壕とは、戦闘機や車両など爆撃から守るものである。



 
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by mori-to_coa | 2013-02-12 00:00 | Return 1996-2003