遠い記憶、忘れられた風景。

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2006年 06月 26日

羽幌炭鉱・羽幌鉱   ― 北海道苫前郡羽幌町曙 ―

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■ #031 つかの間の光 ■


昭和に入り鉄道が羽幌まで延びて輸送手段が確保されると、
待ち構えていたかのように炭鉱が開かれた。
山間の小さな集落は栄え、
5000人もの街へと変貌する。

やがて積雪に強い最新鋭の巨大な立坑施設が造られ、
炭鉱(ヤマ)の、いや街の力の象徴となった。


しかし、それはつかの間の幻に終わる。

国のエネルギー政策が石炭を切り捨てるかのように石油へと代わると、
炭鉱は沈黙した。

そして光が消えるように
街から人の姿も消えていった。


  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


1948年(昭和23年)に開鉱する。
最盛期には近くの上羽幌鉱と合わせて年間100万tもの生産量に達していた。
しかし国の政策転換による石炭不況に対処できずに、1970年(昭和45年)に閉山。
わずかに20余年という短命に終わったはかない炭鉱である。

最新鋭の設備で1965年(昭和40年)造られた立坑の設備は、たった5年で廃墟になった。
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# by mori-to_coa | 2006-06-26 00:00 | 1996-2003
2006年 06月 21日

別海村(町)営軌道・奥行臼駅転車台   ― 北海道野付郡別海町奥行臼 ―

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■ #032 想像 ■


廃墟を撮り歩いていると、
よく解らない施設、残骸に遭遇することがある。

鉄骨の骨組み、コンクリートの土台…
今までいろいろと見て来た経験と想像を働かせてみても、
答えの出ないこともある。


これなんかは知らない人が見たら、?マークがたくさん出そうだ。
肝心な部分が完全に撤去されているのでイメージし難いけど、
機関車の方向をかえたりする転車台の跡である。

蒸気機関車が主流だった時代にはその進行方向をかえるために、
始発・終着駅をはじめ、要所駅には必ずあったものであるが、
今は全国的に見ても、完全な形で残っているものはほとんどない。


それにしても実に綺麗な円形をしている。
保存状態もよく円を支えるように放射状に伸びた基礎の造形が美しい。
じっと見ていると、なんだかUFO(未確認飛行物体)、
いやその発着場に見えて来たりもする。

想像とはときには在らぬ方向へと行ってしまうものである。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


片運転台の蒸気機関車(SL)は車輛を回転させて運行していたが、
両運転台つきの車輛(電気・ディーゼル)が登場すると、転車台の必要性は急激に薄れた。
現在でも使用できる形で残っている場所があり、SLの復活運転で活躍している例もある。
また周りに放射状にレールが延び、扇型状の車庫を伴っているものもたくさんあった。
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# by mori-to_coa | 2006-06-21 00:00 | 1996-2003
2006年 06月 16日

旧佐々木米太郎商店・土蔵   ― 北海道釧路市大町 ―

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■ #033 華やかかりし頃 ■


北海道開拓の歴史は森を切り開くことからはじまったが、
原始の森は人を簡単に寄せつけるはずもない。
また物資輸送の主役が船だった時代、
町の多くは当然のように海辺にできる。

古くは松前・江差。
函館・小樽・根室は明治時代の花形都市であった。


北洋漁業・炭鉱で道東の中核都市となった釧路だが、
一次産業の衰退・不振とともに、往年の勢いは既にない。

でもこの街の発祥の地といわれる築港近辺に残った一棟の土蔵が、
潮風と共に刻んで来ただろう華やかな歴史を
ボロボロに痛んだ壁に見せてくれているような気がした。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


明治時代から本格的に開拓の手が入った北海道は、
アメリカやヨーロッパの技術を多く取り入れた。
建築様式も向こうのものがもてはやされ、石積やレンガ積の倉庫が主流となる。
またこの地の寒冷な冬の気候(凍結環境)も土蔵の姿をあまり見かけない要因かも知れない。

*現在、この土蔵は改修され内部を資料館としている。
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# by mori-to_coa | 2006-06-16 00:00 | 1996-2003
2006年 06月 11日

夕張市鹿島地区   ― 北海道夕張市鹿島 ―

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■ #034 消えた街 ■


炭鉱が最盛期だった頃の夕張市は人口13万人の都市だった。
この鹿島にも約2万人の人たちが住んでいたという。
街外れの大きな変電施設跡はそれを象徴している。

新たな炭鉱が出来ると人々が集まり、
山深いところでもにぎやかな街ができた。
石炭を掘るために多くの作業員と、
たくさんの電力が必要だったのだ。

私が最初にここ訪れたとき、
家屋の解体はすでに始まっていて重機の動く姿が見えた。
でも古い街並みが当時の華やかさを感じさせてくれた。

閉山後のどかな生活は
シューパロダムのかさ上げ事業の全住民の移転で幕を閉じ、
そして街も消えた。

年老いたお婆さんの散歩する姿と、
走っていた路線バスが今でも印象に残っている。
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# by mori-to_coa | 2006-06-11 00:00 | 1996-2003