遠い記憶、忘れられた風景。

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2009年 03月 10日

旧日本陸軍・大樹町旭浜トーチカ群

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2008年05月19日・北海道広尾郡大樹町旭浜


過去に在った戦争という現実が
深い霧の中に、
幻想のように現れた。


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                            Canon EOS 40D + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS
                                        + EF 55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


戦争末期の1944(昭和19)年、アメリカによる本土攻撃が濃厚になって来た日本は、
それに対して防衛するための対応を迫られていた。
北海道では道東の海岸部などが侵攻目標になるという考えから、
根室半島~大樹町を含む十勝管内の海岸線に多くのトーチカが建造された(網走管内や胆振の厚真町などにも存在している)。
当時の計画では48カ所の設置が必要と判断されているが、
実際には地形やその有効性など考慮して建造したため、それ以上の数が造られている。
実数としては広尾町―大樹町の海岸部だけで37基(うち木造製8基)という確認報告があり、
道東全体では計画の倍ぐらいの数が造られたものと考えられている。

 
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by mori-to_coa | 2009-03-10 20:30 | 2008
2008年 01月 08日

旧日本軍本土防衛陣地・長節トーチカ 1 ― その後 ―

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■ 2007年05月23日・北海道根室市長節 ■


思い込みというのは、怖い。

ずっとこのままだろうと考えていたものが、
ある日、突然と壊されてしまうからだ。


戦後、不要になったこれらの施設は、
土地と一緒に構造物も払下げられた。
もちろん現在、民有地にあることが多いし、
文化財(市町村レベル)などにも指定されていない。

個人所有のものなので撤去はいたしかたないが、
これらの歴史的遺産に想いを寄せる人も少なくない。

急に利用策が出るわけでもないが、
古いモノ、必要のないものから価値を見出す、
これからの日本に求められることだ。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


ありし日の姿

  
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by mori-to_coa | 2008-01-08 19:30 | 2007
2007年 11月 21日

旧日本軍本土防衛陣地・引臼レーダー

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2007年4月23日・北海道根室市歯舞


60年以上の月日が流れ
人々の想いが薄れていく中、
この遺構は、その記憶を呼び戻す
接点であるかのようだった。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


第二次世界大戦末期の1944(昭和19)年から翌年にかけ、
根室半島にはアメリカ軍の上陸に備えて、本土防衛のための施設が建造された。
それは敵を向かい討つための陣地であるトーチカが多い。
ただ中には飛行場や電探所(地下施設)もあり、当時の状況を知る興味深い一群と呼べる。
幸運にも戦後、それらはほとんどが放置されたままで、今でもかなりの数の姿を見ることができる。
このレーダー施設跡もその一つで、少し離れたところにある電探所関連の設備だと考えられている。

 
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by mori-to_coa | 2007-11-21 19:45 | 2007
2007年 11月 11日

旧日本軍本土防衛陣地・落石トーチカ1

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2007年3月26日・北海道根室市落石西


崖の斜面を利用して造られたトーチカは
崩れ落ち無残な姿をさらしている。

海岸浸食は自然の生態系だけではなく、
その地に刻まれた歴史にもダメージを与え、
すべてを消し去ろうとしていた。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


このトーチカは銃眼口が2ヶ所ある複雑な構造をしていた。
残念ながら海岸の浸食により建造された斜面が削られてズリ落ち、
本体が90度横向きに倒れている。
また鉄筋を使っていないため接合の弱い部分から分裂し、およそ4分割された。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-11-11 20:00 | 2007
2007年 10月 31日

旧日本軍本土防衛陣地・友知トーチカ1, 2

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2006年11月20日・北海道根室市友知


忘れかけた記憶は、
蒼い空の下から再び発信される。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6 Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


これらは第二次世界大戦の末期、本土防衛のために、
1944(昭和19)年の夏から翌年にかけて旧日本陸軍が急造したもので、
その建設には多大な労力を必要としたが、度重なる作戦変更に目的を失い、
また実戦に使われることもなかった。

市内には関連施設を含めると18ヶ所(トーチカは15基)が現存しているが、
戦後、土地とともに払い下げられたため個人所有のものが多く、
すでに存在しないものや2007年に解体されたものもあり、その存亡は安泰ではない。

ただこの友知トーチカのように映画やプロモのロケ地として使用されるなど、
有効活用の方向性が見えつつある現状でもある。

*トーチカとは堅固なコンクリート製の銃火器を設置した防衛陣地のことをいう。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-10-31 00:00 | 2006
2007年 05月 11日

旧日本軍本土防衛陣地・長節トーチカ 1

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2006年05月02日・北海道根室市長節


その旗の下に流された血と汗は、
歳月の中に埋もれた。

思考は迷走し、
虚しさが支配した時代。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6 Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1944(昭和19)年の夏から翌年にかけて、根室市をはじめとする東北海道の太平洋岸には、
本土防衛のために多くのトーチカが造られた。
建造当時は埋設されていたが戦後、砂の採取や飛散によって姿を現して、容易に確認できるものも多い。
またこれらの施設が実戦で使われることはなかった。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-05-11 00:00 | 2006
2007年 03月 01日

旧日本海軍大岬望楼

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2004年10月14日・北海道稚内市宗谷村


遠く島影を望み、
流るる潮風に最果ての地を想う。

過ぎ去った時間は戻らない。

もう変わることのない国境の海は、
すべてを呑みこむかのような
灰色の世界を拡げていた。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1902(明治35)年にロシアとの国交悪化の備えとして、旧日本帝国海軍が建設したもの。
国境の海上監視に使用され、重要な任務のひとつに当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊の監視活動があった。
しかし1904(明治37)年に無線設備が整備されると、監視よりも無線通信所として機能した。
太平洋戦争では対潜水艦監視基地として使用された記録も残っている。
いずれにしても国境の海を守る重要な役割を果たした施設であった。

また稚内市には他に明治年代の建築物が現存せず、
1968(昭和43年)に市の有形文化財に指定されている。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-03-01 00:00 | 2004
2007年 01月 11日

旧日本陸軍本土防衛陣地・ヒキウス沼電探所

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2003年12月5日・北海道根室市歯舞


根室半島(根室市)には、
第二次世界大戦末期に造られた
たくさんの戦争施設が残っている。

その多くは敵の上陸を防ぐためのトーチカで、
海岸の砂浜やその付近の高台に存在している。
これらは実際に戦闘に使われることはなかったので、
内部の設備以外、ほぼ原型を留めているのが特徴である。

この電探所跡も大きな2つの地下空間を、
「く」の字形の細い連絡通路で結ぶという手の込んだ設計になっていて、
そのコンクリート部分が完全に近い形で残っていた。

高い天井の切り込まれた開口部から降り注ぐ光は眩しく、
通路は今、完全な闇をつくり出している。

全てに疑いのようのない歴史が刻まれていて、
暗闇の奥底から当時の様子が現れそうな気配さえ感じさせる
そんな場所になっていた。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


根室市には15基のトーチカと2つのレーダー・アンテナ基礎、
1ヶ所の電探所跡(地下施設)が現存している。
この他にも旧日本陸軍の飛行場や付属する掩体壕・格納庫・防空壕なども確認されている。
また戦後に解体されたものもあるというから、その数は計り知れないものがある。

*撮影は許可を得て行いました。現在は入口が閉ざされ、中を見ることは出来ません。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-01-11 20:30 | 2003