遠い記憶、忘れられた風景。

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2007年 06月 22日

旧 雄別炭礦病院

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2006年05月18日・北海道釧路市阿寒町雄別


ゆるやかな回廊を歩いていた人たちは
すべて去った。

敬意を払われなくなった瀟洒な建物は破壊され、
無残な姿を樹々の合い間に横たえている。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6 Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


旧雄別炭礦は従業員数3000人、
周辺の集落人口が12000人を数えた道東有数の炭鉱であった。
1960年(昭和45年)に閉山し、かなりの歳月が経過しているが、
規模が大きかったことから多くの構造物が廃墟化し残っている。

住民の病院とし機能していた美しい佇まいの建物は、
残念ながら破壊が進み、落書きも非常に多い。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-06-22 17:45 | 2006
2007年 02月 22日

浦幌炭鉱住宅

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2004年10月12日・北海道十勝郡浦幌町字福山


過ぎ去りし日々は遠い想い出。

繰り返された日常は、
華やかだった時代の象徴。

今は深くなりつつ緑に
長い影を落とす。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


しっかりとした形で残っているものは炭鉱住宅だけだが、
確かにこの辺りに街が存在していた。
ほかに病院跡が比較的わかりやすいのだが、
いずれにしても基礎だけである。

この建物自体も使用されたブロックやコンクリートの劣化が激しく、
崩壊を心配するほどであったが、近年、保存するための補修が施された。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-02-22 00:00 | 2004
2007年 01月 31日

旧 明治鉱業・本岐炭鉱

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2004年5月5日・北海道白糠郡白糠町中庶路


出来たばかりのコンクリートほど無機質なものはなく、
自然の中では異物以外の何ものでもない。

だが、その地肌に風・雨を刻み、
植物と共に歳月を過ごしたものは
ある種の調和を見出す。

そして、
やがて土にでも還るようような
生命の存在させ感じさせるようになる。


(廃墟のそんなところに、惹かれてるのだろうか…)


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1924(大正13)年に庶路本岐炭鉱(株)によって開鉱されたが、
1938(昭和13)年には明治鉱業の傘下となり庶路鉱業所本岐鉱となる。
選炭は庶路鉱まで7.0kmの専用軌道で運び行っていたが、
その後、1961(昭和36)年に独立した鉱業所となった。
現在の遺構の多くはそれ以降の施設と考えられるが、
ここ自体も1969(昭和44)年には閉山となっていて、
規模が大きい割には短い使用期間であった。
炭鉱はいつも国策と経済、そして景気に翻弄され来たが、本岐炭鉱も同じである。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-01-31 10:30 | 2004