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2012年 01月 13日

旧逓信省・電話ケーブル装荷線輪建屋

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2011年05月18日・北海道小樽市春香町 / Canon EOS KissX3 + EF-S17-85mm 1:4.5-5.6 IS ■


 
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by mori-to_coa | 2012-01-13 00:00 | 2011
2011年 11月 25日

奥滝上官設駅逓所跡

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2011年05月15日・北海道紋別郡滝上町第5区 / Canon EOS 7D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5 ■

 
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by mori-to_coa | 2011-11-25 15:30 | 2011
2009年 07月 20日

旧日本海軍大岬望楼 ②

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2008年09月20日・北海道稚内市宗谷村


はためく国旗のもと
流した血と汗の記憶に
空は蒼く、沈黙する


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1902(明治35)年にロシアとの国交悪化の備えとして、旧日本帝国海軍が建設したもの。
国境の海上監視に使用され、重要な任務のひとつに当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊の監視活動があった。
しかし1904(明治37)年に無線設備が整備されると、監視よりも無線通信所として機能した。
太平洋戦争では対潜水艦監視基地として使用された記録も残っている。
いずれにしても国境の海を守る重要な役割を果たした施設であった。

また稚内市には他に明治年代の建築物が現存せず、
1968(昭和43年)に市の有形文化財に指定されている。

 
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by mori-to_coa | 2009-07-20 08:00 | 2008
2008年 01月 15日

旧 落石無線電信局・90mアンテナ塔基礎②

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2006年06月17日・北海道根室市西落石


見慣れた光景にも何度も足を運び、
カメラを向ける。

刻まれた歴史は
なかなか全容を見せてはくれないが、
理解することで、はじめて写真となる。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


落石無線電信局は1908(明治41)年、おもに北米航路および付近を航行する船舶と、
無線電信を行うために設置される。
後に船舶・航空などのほか千島・樺太(現在のサハリン)・カムチャツカの陸上局(電信局・郵便局)
とも固定通信業務を行っていた。
業務は公衆電報・遭難通信・気象通報・航行警報および報時通信など多岐にわたる。

1931年(昭和6年)には、リンドバーグ(米)の偉業である北太平洋横断飛行の途中に、
シリウス号は濃霧の中をこの局の誘導により根室港に着水し、市民に来訪の歓迎を受けている。

大正時代以降に造られた施設は鉄筋コンクリート造の局舎と90m高をはじめとするアンテナ塔が5基(時代により変化)、
付属する長大な居住棟が5棟、格納庫・共同浴場など、
驚くことにテニスコートまでが存在して、職員の家族を含めて50人前後あまりがここで生活し、
日々の業務をしていたという。

現在でも改修された局舎(個人所有)と90mのアンテナ塔の基礎4基、
それに居住区の基礎を中心とした遺構が残っている。 

                                    (参考資料:落石無線電報局沿革史・北海道 無線のあゆみ)
 
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by mori-to_coa | 2008-01-15 16:15 | 2007
2007年 11月 21日

旧日本軍本土防衛陣地・引臼レーダー

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2007年4月23日・北海道根室市歯舞


60年以上の月日が流れ
人々の想いが薄れていく中、
この遺構は、その記憶を呼び戻す
接点であるかのようだった。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


第二次世界大戦末期の1944(昭和19)年から翌年にかけ、
根室半島にはアメリカ軍の上陸に備えて、本土防衛のための施設が建造された。
それは敵を向かい討つための陣地であるトーチカが多い。
ただ中には飛行場や電探所(地下施設)もあり、当時の状況を知る興味深い一群と呼べる。
幸運にも戦後、それらはほとんどが放置されたままで、今でもかなりの数の姿を見ることができる。
このレーダー施設跡もその一つで、少し離れたところにある電探所関連の設備だと考えられている。

 
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by mori-to_coa | 2007-11-21 19:45 | 2007
2007年 05月 31日

旧 落石無線電信局・90mアンテナ塔基礎

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2006年05月11日・北海道根室市西落石


残されたものは歴史を語る
この地での生活と名声を。


                          ●Canon EOS Kiss DN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6 Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


落石無線電信局は1908(明治41)年、おもに北米航路および付近を航行する船舶と、
無線電信を行うために設置される。
後に船舶・航空などのほか千島・樺太(現在のサハリン)・カムチャツカの陸上局(電信局・郵便局)
とも固定通信業務を行っていた。
業務は公衆電報・遭難通信・気象通報・航行警報および報時通信など多岐にわたる。

1931年(昭和6年)には、リンドバーグ(米)の偉業である北太平洋横断飛行の途中に、
シリウス号は濃霧の中をこの局の誘導により根室港に着水し、市民に来訪の歓迎を受けている。

大正時代以降に造られた施設は鉄筋コンクリート造の局舎と90m高をはじめとするアンテナ塔が5基(時代により変化)、
付属する長大な居住棟が5棟、格納庫・共同浴場など、
驚くことにテニスコートまでが存在して、職員の家族を含めて100人あまりがここで生活し、
日々の業務をしていたという。

現在でも改修された局舎(個人所有)と90mのアンテナ塔の基礎4基、
それに居住区の基礎を中心とした遺構が残っている。 

                                    (参考資料:落石無線電報局沿革史・北海道 無線のあゆみ)
 
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by mori-to_coa | 2007-05-31 00:00 | 2006
2007年 03月 01日

旧日本海軍大岬望楼

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2004年10月14日・北海道稚内市宗谷村


遠く島影を望み、
流るる潮風に最果ての地を想う。

過ぎ去った時間は戻らない。

もう変わることのない国境の海は、
すべてを呑みこむかのような
灰色の世界を拡げていた。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1902(明治35)年にロシアとの国交悪化の備えとして、旧日本帝国海軍が建設したもの。
国境の海上監視に使用され、重要な任務のひとつに当時最強といわれたロシアのバルチック艦隊の監視活動があった。
しかし1904(明治37)年に無線設備が整備されると、監視よりも無線通信所として機能した。
太平洋戦争では対潜水艦監視基地として使用された記録も残っている。
いずれにしても国境の海を守る重要な役割を果たした施設であった。

また稚内市には他に明治年代の建築物が現存せず、
1968(昭和43年)に市の有形文化財に指定されている。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-03-01 00:00 | 2004
2007年 01月 11日

旧日本陸軍本土防衛陣地・ヒキウス沼電探所

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2003年12月5日・北海道根室市歯舞


根室半島(根室市)には、
第二次世界大戦末期に造られた
たくさんの戦争施設が残っている。

その多くは敵の上陸を防ぐためのトーチカで、
海岸の砂浜やその付近の高台に存在している。
これらは実際に戦闘に使われることはなかったので、
内部の設備以外、ほぼ原型を留めているのが特徴である。

この電探所跡も大きな2つの地下空間を、
「く」の字形の細い連絡通路で結ぶという手の込んだ設計になっていて、
そのコンクリート部分が完全に近い形で残っていた。

高い天井の切り込まれた開口部から降り注ぐ光は眩しく、
通路は今、完全な闇をつくり出している。

全てに疑いのようのない歴史が刻まれていて、
暗闇の奥底から当時の様子が現れそうな気配さえ感じさせる
そんな場所になっていた。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


根室市には15基のトーチカと2つのレーダー・アンテナ基礎、
1ヶ所の電探所跡(地下施設)が現存している。
この他にも旧日本陸軍の飛行場や付属する掩体壕・格納庫・防空壕なども確認されている。
また戦後に解体されたものもあるというから、その数は計り知れないものがある。

*撮影は許可を得て行いました。現在は入口が閉ざされ、中を見ることは出来ません。
 
 
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by mori-to_coa | 2007-01-11 20:30 | 2003