遠い記憶、忘れられた風景。

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2009年 12月 25日

旧 北炭幌内炭鉱

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2008年09月22日・北海道三笠市幌内本沢町


わずかに残る痕跡に
往年の姿を追った


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1879(明治12)年、北海道最初の炭鉱として開かれた。
3年後にはその石炭を輸送するために、これも道内初の鉄道・官営幌内鉄道で小樽港まで結ばれる。
良質な石炭を産出していたため同鉱の規模は大きく年産150万tにもおよんでいたが、
1989(平成元年)に時代の状況に対応することができず閉山となった。

その後、巨大な炭鉱施設のほとんどは解体されたが、まだ多くの遺構をみることが出来き、
またそれは広範囲点在している。
写真の施設については不明で、炭鉱周辺に展開していた他用途の構造物の可能性もある。

 
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by mori-to_coa | 2009-12-25 19:30 | 2008
2009年 12月 15日

旧 美唄市立沼東小学校

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2008年09月22日・北海道美唄市


流れた月日は
この地の栄華をつつみ隠し
そして消し去る


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1906(明治39)年に簡易教育所としてはじまり、
戦後1947(昭和22)年に沼東小学校となる。
現存する校舎は1958(昭和33)年から2年をかけて造られた
円形の構造物が2棟つながるユニークで瀟洒なデザイン。
『メガネ校舎』の愛称をもっていたが、残念ながら1棟しか残っていない。

この美しい造りを利用して他施設への転用が望まれるところだが、
周辺には同様の廃校舎が転用されていて、立地の悪いこの建物の再利用は不明である。


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by mori-to_coa | 2009-12-15 23:45 | 2008
2009年 09月 15日

民家

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2008年09月21日・北海道苫前郡羽幌町字曙


失われた生活を伝える姿は
日々刻まれる時の流れに
ゆるやかに朽ちていく

その一時を見つめて


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


炭鉱・鉱山など市・町・村や集落の中心となる産業を失った地域の衰退は激しい。
人口流失での過疎化、その地に残り生活していた人たちの高齢化も進んでいる。
これから空家・廃墟、そして無人化する小さな集落は増えるだろ。

  
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by mori-to_coa | 2009-09-15 00:00 | 2008
2009年 09月 10日

旧 羽幌炭鑛鉄道・橋梁群

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2008年09月21日・北海道苫前郡羽幌町字曙


過ぎ去った
夏の想い出のように
なつかしい


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                           Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4-5.6 IS


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


羽幌炭鑛鉄道は1931(昭和16)年の開業、築別駅―築別炭鑛駅間の16.6㎞を結んでいた。
曲がりくねる築別川に曙付近では橋梁が連続する。
建設は物資不足の時代、使われた鋼鉄製の橋梁は他から供出されたものといわれる。
1970(昭和45)年には炭鉱産業の衰退とともに廃止。
曙駅からは建設途中だった国鉄名羽線を借受した支線3.5㎞も短期間存在していた。

 
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by mori-to_coa | 2009-09-10 00:00 | 2008
2009年 09月 05日

旧国鉄羽幌線・金駒内橋梁

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2008年09月21日・北海道苫前郡初山別村字豊岬


たとえそれを知らなくても
突然現れる光景に
秘められた歴史を感じる


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


国鉄羽幌線は留萌駅―幌延駅間の141.1㎞を結んでいた長大ローカル線だった。
赤字路線だった鉄路は国鉄再建措置法により1987(昭和62)年3月31日に廃止。
初山別村の金駒内陸橋と金駒内橋梁の付近は、鉄道写真撮影の名所として有名であった。
廃止後もそのまま残り、廃線探索の名所にもなっていたようだが、
1999(平成11)年、併走していた国道の拡幅改良工事により
約700mもの距離があった金駒内陸橋は、残念ながら解体された。

 
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by mori-to_coa | 2009-09-05 16:30 | 2008
2008年 12月 02日

旧 三井芦別鉄道炭山川鉄橋+DD501+セキ3000

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2007年10月07日・北海道芦別市中の丘町


終の姿が見せる
往時の躍動


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S18-55mm 1:3.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


この鉄道は三井芦別炭鉱から石炭を運ぶためにつくられた。
1945年(昭和20年)営業を開始し、1949年(昭和24年)からは旅客輸送も行う。
その後、産業の衰退にともなう人口減や石炭輸送の自動車化によって、
1989年(平成元年)3月26日、すでに終了していた旅客扱いに続き石炭輸送も廃止され、44年間の歴史に幕を下ろした。
廃止後、ほとんどの施設は撤去されたが、芦別市が鉄橋とディーゼル機関車DD501+石炭車セキ3000を保存。
橋の上に展示するその方法は他にあまり例がない。
また国道452号の炭山川橋も同鉄道橋に平走する形であったが、
近年架け替えが行われ車両を間近で見るのが難しくなった。

 
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by mori-to_coa | 2008-12-02 00:00 | 2007
2008年 11月 25日

旧 北炭赤間炭鉱選炭工場

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2007年10月07日・北海道赤平市赤平


残された想いは、
伝わるのか…


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1938(昭和13)年に開鉱し、この選炭工場はその3年後に操業を開始している。
坑口から4㎞ほど離れていてため、専用軌道により原炭が運び込まれていた。

1965(昭和40)年に系列子会社の空知炭鉱に経営が移行。1973(昭和48)年に閉山となった。
敷地は赤平市が購入して、1999年に施設のほとんどが解体されたが、
一部が炭鉱産業を伝える遺産として残された。
現在はズリ山を含めて公園化されている。

 
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by mori-to_coa | 2008-11-25 00:00 | 2007
2008年 11月 18日

旧 住友赤平炭鉱立坑櫓

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2007年10月07日・北海道赤平市赤平


輝ける栄光に
影を落としたもの

それは世の中の流れか
それとも…


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5
                                          + EF55-200mm 1:4.5-5.6Ⅱ


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1859(明治28)年に北炭が操業を開始しその後、住友が経営を引き継ぎ、
戦後には、日本国内の石炭増産の必要性から重点的に資本が注入された。
それは複雑な地層からの採炭を行うためでもあり、
1963(昭和38)年には、現在残されている立坑と櫓が5年の歳月をかけ造られる。
それによって生産量は年間190万tにもおよび、北海道内の住友系炭鉱の中核となった。
他の炭鉱と同様に政府のエネルギー変換政策によって1993(平成5)年には閉山するが、
埋蔵量はまだ豊富にあるといわれる。

 
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by mori-to_coa | 2008-11-18 00:00 | 2007
2008年 11月 11日

旧 住友赤平炭鉱排気立坑

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2007年10月07日・北海道歌志内市上歌


繰り返された変動は、
閉山という終止符で止まる。

残された遺産には、
往年の勢いはないというが…


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1917(大正6)年に坂炭砿として採炭を開始する。1924(大正13)年に共同経営者として住友合資が参入。
数回の社名変更の後、1956(昭和31)年、住友石炭鉱業赤平砿に統合された。
1987(昭和62)年には坑口を集約する合理化で住友赤平炭鉱の排気立坑に改修され、
1994(平成6)年の閉山までその役割を果たす。
現存する施設は最初、住友上歌志内砿第一立坑櫓として1927(昭和2)年に完成したもので、
また坑道は地下でつながっている。

 
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by mori-to_coa | 2008-11-11 00:00 | 2007
2008年 11月 04日

旧 悲別ロマン座(上歌会館)

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2007年10月07日・北海道歌志内市上歌


人知れず、静かに幕を引く
再演のないドラマ


                          ●Canon EOS KissDN + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1984(昭和59)年、倉本聰が脚本したテレビドラマ『明日、悲別で…』の舞台となったことで、
一躍有名スポットとなる。
訪れる観光客が増えたため舞台となった上歌会館を1987(昭和52)年に改修し、
再び劇場『悲別ロマン座』とした。
コンサートやイベントなどが催されていたがドラマのブームが終わり、
月日とともに客足が少なくなって行った。
一角にあった喫茶コーナーも2001(平成13)年に終了し、現在は完全閉鎖となっている。
なお上歌会館は1953(昭和28)年に、旧住友上歌志内炭砿の福利厚生施設として建設されたものである。

 
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by mori-to_coa | 2008-11-04 00:00 | 2007