遠い記憶、忘れられた風景。

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2006年 09月 16日

鴻ノ舞鉱山製錬所   ― 北海道紋別市鴻之舞 ―

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■ #013 静寂 ■


本当に製錬所だったのだろうか…
     
中の設備のほとんどが失われ、
この状態から判別するのは、私には不可能だった。

でもコンクリートの巨大な建屋は広い吹き抜け空間であり、
採光窓も洒落たデザインで、しばらく目を奪われた。
     
窓の形がステンドグラスを想像させ、聖堂の中にいる気分にさせる。
     
私はちょっとだけ、消えた鉱山の火に祈りを捧げた。
     

やはりここには街があり、
大規模な施設の元で、人々の生活が営まれていたのだ。
     
そして、巨大な富が動いていたことは間違いない。

今ではその断片しか見ることができないが、
鉱山の栄枯盛衰を感じさせてくれる場所であった。
     

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


1915年(大正4年)に転石が、翌年には鴻之舞元山地区で露頭が発見され、
金鉱の存在が確認される。
更にその翌年からは住友金属鉱山により開発が進められ、1919年(大正8年)から製錬が始まった。
昭和に入ると元山地区で新たに数ヶ所の鉱床が、また倶知安地区でも見つかり、
1940年(昭和15年)には国内の金鉱山としては過去最高の年間金2.5t ・銀46t を生産するようになった。
戦時中は軍需を優先するために休山(金山整備)したが、
1949年(昭和24年)に住吉地区で新坑を開き、新たに青化製錬所の操業を開始する。
3年後には従業員数も1000人規模となり、1955年に2.98t の金年間生産量を記録した。
その後、資源の枯渇と金の市場価格の下落で、1973年(昭和48年)に閉山。
総生産量は金64.7t ・銀965t 。
     
     (参考図書:堀淳一 『北海道 産業遺跡の旅 ―栄華の残景』 北海道新聞社1995)

by mori-to_coa | 2006-09-16 00:00 | 1996-2003


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