遠い記憶、忘れられた風景。

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2006年 10月 01日

三菱美唄炭鉱   ― 北海道美唄市東美唄町一ノ沢 ―

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考え方は、いろいろあるけど…


■ #010 意識 ■


閉山した炭鉱施設を街の歴史・記録として残すことに何の問題もない。
だが部分的に改修されたり公園として整備されるのは、
やっぱり、いただけない。

以前も少し触れたが、改修することによって新たに時間(とき)が動いてしまい、
流れた過去を感じ難くなるからだ。

三菱美唄炭鉱もその1つで、
閉山後、大規模施設は放置され老朽化し、そのほとんどが解体されてしまった。
廃墟をそのまま残すのは安全・治安管理上、無理なのは解るとしても、
人のほとんど来ないところを公園として造成するのはどうなのだろう。

その目的は史跡の保全であるが、
植えられた樹木や新たにつくられた遊歩道を歩くことによって、
炭鉱(ヤマ)の栄枯盛衰を肌で感じとることができるのだろうか?

それだったら建造物はなくても、
コンクリートの基礎や壁のない鉄骨の骨組みだけを残す草薮の方が、
ずっといい。

その方が訴える力を感じられると想う。


   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


1918年(大正7年)に57万tを出炭し、夕張炭鉱に次いで石狩炭田第二の生産規模にもなった炭鉱。
また年間産出量189万tの輝かし記録(1944・S19)もある。
しかし日本のエネルギー政策の転換と生産コスト高で、
ここも操業が困難になり、1972年(昭和47年)に閉山となった。
その後、巨大な施設はほとんど解体されたが高さ20mの立坑巻揚げ櫓2塔と、
貯蔵量1300tの原炭ポケット・施設への送電を管理する開閉所が、
『炭鉱メモリアル森林公園』として残された。

by mori-to_coa | 2006-10-01 00:00 | 1996-2003


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