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遠い記憶、忘れられた風景。

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タグ:港湾 ( 7 ) タグの人気記事


2011年 10月 28日

美谷の袋潤 (美谷漁港)

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2010年10月13日・北海道寿都郡寿都町字歌棄町 / Canon EOS 7D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5 ■

 

by mori-to_coa | 2011-10-28 23:45 | 2010
2011年 10月 24日

袋潤跡

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2010年10月13日・北海道寿都郡寿都町字歌棄町 / Canon EOS 7D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5 ■

 

by mori-to_coa | 2011-10-24 23:45 | 2010
2011年 10月 21日

北前船係船跡

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2010年10月12日・北海道檜山郡江差町字鴎島 / Canon EOS 7D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5 ■

 

by mori-to_coa | 2011-10-21 23:45 | 2010
2011年 01月 28日

美谷袋澗群

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2009年05月04日・北海道久遠郡せたな町瀬棚区北島歌 / Canon EOS KissDN + EF-S17-85mm 1:4.5-5.6 IS ■


 

by mori-to_coa | 2011-01-28 23:45 | 2009
2010年 08月 27日

福山波止場跡

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■ 2009年05月04日・北海道松前郡松前町字唐津 ■


潮流に晒される富と権力の断片に
この地にあった歴史を感じる


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


1875(明治8)年、河口を利用した北海道最初の石積による商業港。70mと90mの2本の突堤があり、
平らな磯場に松前城取り壊しで出た石垣の石(青石)を流用して建設された。
これにより松前町の海運での物流は飛躍的に伸びるが、
小樽・寿都・浦河などが開港すると背後に産業がない松前町への入港は次第に減少。
福山波止場は1895(明治28年)までしか使用されなかった。
現在、港跡を見下ろす位置に道の駅ができ、合わせて一観光名所となっている。 

 

by mori-to_coa | 2010-08-27 23:45 | 2009
2009年 07月 25日

稚内港北防波堤ドーム ②

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2008年09月20日・北海道稚内市開運


限りなく簡素化、無機質化する現代
失われた暖かさを求め
過去を振り返る


                          ●Canon EOS 40D + EF-S10-22mm 1:3.5-4.5


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


防波堤を乗り越える波によって起きる船舶停泊の支障を防ぐために、
5年の歳月をかけて1936年(昭和11年)に完成した高さ13.2m、長さ424mにもおよぶ半ドーム型防波堤。
古代ローマ建築を想わせる太い円柱が特徴的な、世界でも類を見ない港湾施設である。
当時はドーム下に線路とホームがあり、樺太(サハリン)への連絡船の乗船ブリッジとつながっていたが、
戦後は航路が途絶えて役目がなくなり、石炭などの資材置き場として利用された。
その後老朽化が進み朽ちるところであったが、
街のシンボルとして1981(昭和56年)市民要望による改修復元工事(期間約3年)により、ほぼ建築当時の姿を再び現した。

今も堤防として利尻・礼文、そして再びロシア・サハリン航路の船舶を守ることに変わりはない。
 
 
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by mori-to_coa | 2009-07-25 08:00 | 2008
2007年 03月 11日

稚内港北防波堤ドーム

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2004年10月14日・北海道稚内市開運


永延たる回廊は
過去と未来をつなぐ。

幾人もが歩き染めた記憶は
現在も引き継がれ、
想いは、今も刻まれている。


                          ●OLYMPUS CAMEDIA C-300zoom


   ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


防波堤を乗り越える波によって起きる船舶停泊の支障を防ぐために、
5年の歳月をかけて1936年(昭和11年)に完成した高さ13.2m、長さ424mにもおよぶ半ドーム型防波堤。
古代ローマ建築を想わせる太い円柱が特徴的な、世界でも類を見ない港湾施設である。
当時はドーム下が通路となり樺太(サハリン)への連絡船の乗船ブリッジまで続いていたが、
戦後は航路が途絶えて役目がなくなり、石炭などの資材置き場として利用された。
その後老朽化が進んで朽ちるところであったが街のシンボルとして、
1981(昭和56年)に要望による改修復元工事(期間約3年)を終えて、ほぼ建築当時の姿を再び現した。
今も堤防として利尻・礼文、そして再びサハリン航路の船舶を守ることに変わりはない。
 
 

by mori-to_coa | 2007-03-11 07:30 | 2004